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2006年12月25日 (月)

2006年 俺的ベスト

荒川静香はよかった。

第1回WBCの優勝メンバーは全員が輝いていた。

ディープインパクトの引退レースは本当にディープなインパクトがあった。

だがしかし、私が、今年、最も感銘を受けたのは、ガンと最後まで戦ったIT社長、藤田憲一氏の生き様である。たった今、TBSで放映されていたのだが、心より、ご冥福をお祈り申し上げたい。

2006年12月17日 (日)

サンタさん、暴言を吐く権利をプレゼントして

体操の塚原父・・・椅子に座ってる時に机の下で足をブラブラさせてんじゃねぇっっっ。テレビカメラが引いたとき、必ず足ブラさせてるじゃねぇか。見てるほうは落ちつかねぇんだよっっっ。いやもしかしたら、新しい体操の技の構想でも練ってるのかい?それなら、しようがないな。まあ、程々にがんばれや。

小田和正・・・還暦前の高齢なのに、女性の声域まで無理なく出せてんじゃねえっっっ。というか、年齢を重ねるごとに、声の透明度が増してんじゃねえのかっっっ。悪いことではないが、そこまで行くと、さすがに気持ちが悪いというもんだぜ。なに?思春期に声変わりしなかっただって…。なら、もうちょっと待ってみるか。

今回は二人だが、いろんなヤツを、滅多切りにしてやるつもりなので、首を洗って待ってなよ。

2006年5月26日 (金)

とてつもなく恐いオッサン

この、とてつもなく恐いオッサンに初めて出会ったのは、春まだ浅い3月のことだった。仕事の都合で、とある建築工事現場に、車にて乗り入れた時のことである。その日は雨が激しく降っており、地面がぬかるんでいた為、私は、慎重にハンドルを捌き、ゆるゆると車を進めていた。と、そのときである。「おまえはあほか!!」突き刺すようなことばが私の両耳の鼓膜を激しく揺すぶった。そして私の視線は、しばらく、空中をウロウロとさ迷っていたのだが、右前方に「おまえはあほか!!」とふたたび、みたび叫ぶオッサンを捉え、クギ付けになっていた。私も、36年間生きて来たが、見ず知らずのオッサンに、ここまで激しく罵られた経験は皆無であったため、『よほど良からぬ事をしてしまったに違いない、人でも轢いたか、工事用具を傷つけでもしてしまったか』と、そのオッサンを注視した。すると、「タイヤが汚れとるやろが、ナメとんか、おまえは!」オッサンがまた絶叫してきた。『はあ?』私は、意味が分からず、もう一度そのオッサンの顔を覗き込んだ。「おまえは、ナメとんか。もう、帰れ!二度と来んな!」私は、遊びに来たのではないから帰るわけには行かない。

「何がいけなかったのでしょうか?」

「お前はホンマのあほか?タイヤが水たまりにはまって、汚れとるやろが!道を汚すやろが」

ここまで言われて、私も、オッサンの言いたいことは大体、理解できた。要するに、工事現場を出るときに道路をドロドロにしないよう、タイヤをできるだけ汚さずに、水たまりも避けて通れ、という事だったのだ。オッサンの言葉は、確かに正しい。間違っていたのは明らかに私のほうだ。しかしである。 【引っ越せおばさん】こと、某被告に負けないような大声は必要ないんじゃないかと、後日、何度となく叱られるたびに、思わざるをえないのである。