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2006年10月30日 (月)

今年まだやり残してること

面白いブログを書くこと。私の場合、これである。

5月から私はブログを始めたのだが、当初、思い描いていたような面白い話をまったく書けないでいるので、今年中に何とか1本でも書いてみたいものである。

面白いブログ、そう、例えるなら、それを読んだ鬱病患者が笑い転げて裸で走り出すようなブログとでも言うべきか。そんなものは簡単に書けそうな気が実はしていたのだが、世の中そんなに甘くはなかったようだ。

だが、今年もまだ2ヶ月あるので(12月17日現在あと2週間)、年男の意地で頑張ってみるつもりである。

2006年10月23日 (月)

人生の転機

面白いテレビ番組が最近ないよな~と思っていたら、ひとつ発見した。それは、みのもんた氏の「朝ズバ!!」である。どこが面白いといって「熱い」のだ、みのもんた氏が。彼を見ているだけで私は石焼き芋のように、体の表面から煙を上げて焦げ焦げになりそうなほどの「熱さ」なのである。残念ながら、私は出勤前の2~30分しか見られないのだが、じつになんとも面白い。

文章の「キーワード」を一枚一枚みの氏がめくってくれるも、寝起きで頭がぼーっとしてる私にはとてもありがたい配慮である。

最近の話題の中心は、教師やクラスメイトによる「イジメ」で中一の男子生徒が自殺した問題である。ここでみの氏はひたすら被害者や遺族の側に立って、学校や教育委員会を糾弾しているのだが、これは見ていて大変気持ちが良いと言わざるをえないし、みの氏にはこの立場を保って頑張ってもらいたい。しかし「イジメ」に対するわたしの考え方は若干異っているのである。

まず、「イジメ」られて自殺するというのは判断力が悪いとしか思えないのである。そんなことをしてもイジメた側は大して痛みを被らないし、逆に自分の親を不幸にするだけだからだ。

「イジメ」を受けたら、反撃すれば良いのだ。何気なしに近づいて鼻に膝蹴りを入れてみるのもやり方のひとつだ。そんな「危険な奴」は恐くて「イジメ」られないものだからである。「危険な奴」などと思われたくないなら、学校を辞めてしまうのも良い方法である。知恵や専門的な知識なんて学校(とくに小中高)教育で身に付くものではないし、大人になって必要なのは、まさしくそれらなのだから。

我が家にもうすぐ男児が誕生する。これは私にとっては人生の転機となることだろうが、彼には、上に書いたような話を伝えられたら良いな、などと考える今日この頃の日曜日、いや、月曜日なのである。

2006年10月15日 (日)

パチスロはギャンブル?

モーツアルトは作曲家として大成しながら生涯、極貧であったことはご存知だろうか。35歳で亡くなるまで借金の返済に追われていたのである。理由は、ギャンブル。

モーツアルトは早熟で、頭脳明晰なことでも有名なのだが、理屈ではどうにもならないほど、彼にはギャンブルが楽しかったのだろう。

ギャンブルにハマり極貧になったというと、可哀想に思えるかもしれないが、モーツアルトの場合、ギャンブル特有の高揚感や失望感、あるいは極貧生活の苦しみ、そういうものがあったからこそ良い曲を数多く作ることが出来た可能性もあり、一言で「ギャンブル依存症で可哀想」と片付けることは、当然、出来ないであろう。

私はモーツアルトの没年齢、35歳のときにパチスロから足を洗い、ギャンブルとは無縁の生活を現在送っているのであるが、これがいつまで続くかは今のところ不明である。しかし、他のギャンブルはともかく、パチスロだけはもうやりたくないという気は、強くしている。イカサマが公然と行われているからだ。

以下のサイトの内容が事実なら、パチスロはギャンブルでさえないだろう。

http://members.at.infoseek.co.jp/enkaku_death/index000.html

もっとも、イカサマに翻弄されることが、100%悪いと断言することが出来ないのも、人生の奥深いところではあるのだが・・・。

2006年10月 9日 (月)

一万円の臨時収入があったら

臨時収入があった場合、我が家では配偶者に半分渡すことになっている。年末調整などの還付金、宝くじの当選金、年2回のボーナスも半分ずつだ。私にこっそり入ってきたものも例外なく半分渡している。こう書くと私が良い夫、良い人間のように思われる危険性があるが、そんなことはまるでないのである。目的は嫁さんの機嫌を損ねないため。この一点に尽きるのである。

女性の勘の鋭さは、20年間の保証書が付いたイギリスの包丁にも勝るといっても過言ではない。私の嫁さんも例外ではなく、うまく隠したつもりでもいずれはバレるし、バレるとどんどん疑われ始めるのがオチであって、そうなるとただでさえ狭い家庭内での肩身がますます狭くなってしまうのは間違いなく、半分渡すのはそうならないための必要経費と割り切ってしまえる私は、なんともかんとも悪知恵のはたらく生粋の悪党であるといって間違いないだろう。

そんな悪党の私は一万円ときくと、近い将来の日経平均株価か?などという連想をしてしまうのだが、いくらなんでもそれは不謹慎というものであろう。

さて、5千円は何に使おかな。ダイソーにでも行って両腕が千切れるほど雑貨を買うか、ナイキの運動靴でも買うか、私が思いつくのはそのレベルだな。

2006年10月 2日 (月)

○○王子

中学時代、私のクラスに「プリンセス」と呼ぶにふさわしい女の子がいた。名前をY子といい、とにかく性格が明るく素直、花のように可憐で、男子生徒はもちろん女子生徒からも好かれるような少女だったのである。

そのY子が一途に想い続けるクラスメイトがG郎であった。G郎は確かに運動神経は割りと良く、性格も明るめではあったのだが、Y子が人目もはばからず片想いを公言するほどの良い部分は見当たらず、当時、不思議に思っていたものである。

しかし、よくよく考えてみると彼には、とても分かりやすい特徴があったのだ。それはズバリ、体臭。

彼が半径5メートル以内に入ってきたらそちらをみずともG郎が来たことが分かるほど強いニオイを放っていたのである。私はG郎とは仲良しだったが、体臭だけはいつまでも慣れることができなかったほどなのだ。

で、その体臭が、脇からのニオイなのか、他の場所からのニオイなのか。それはいま思い返してもよく分からない。しかし、口臭、あるいは足の裏のニオイとは異なっていたし、それ以外のカラダの部位で、そこまで強い体臭を発する秘部があるという話は聞いたことがないので、脇からのニオイと考えてたぶん間違いないのだろう。つまり、G郎はワキガであったのだ。

ヨーロッパでは脇のニオイがキツければキツイほど、異性を惹きつけるという話を聞いたことがあるが、Y子がG郎に恋い焦がれた理由も、G郎がワキガであったからではないかと、そんなふうに思えてくるのである。

脇のニオイでプリンセスを惹きつけたG郎。私は彼のことをこう呼びたい。いや、呼ばざるをえない。

ワキガ王子、と。

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